「よし、今回はあの洞窟だ。噂によると、奥深くには未開の通路があるらしいぞ」
ラーンの豪快な声は、ビレーの賑やかな市場の中でも一際目立っていた。イシェは眉間にしわを寄せながら彼の背後についていく。
「またしても根拠のない噂話かい？ ラーン。あの洞窟はすでに何人もの探索者が入って失敗しているんだよ」
「失敗したって、何か得られたものがあったんじゃないのか？ それに、今回は違うぞ！ テルヘルが情報を持ってくるって言うんだ」
イシェはテルヘルの存在をため息交じりに確認する。彼女はいつも黒いフードを深くかぶり、鋭い眼光で周囲を見回す謎めいた女性だ。ヴォルダンからの復讐という目的のために、彼らは彼女に雇われて遺跡探索を行っている。だが、彼女の目的と手段は常に影に隠され、イシェには不安な気持ちしか生まれない。
「よし、準備はいいか？」
ラーンの問いかけに、イシェは小さく頷いた。テルヘルが用意した地図を手に、三人はビレーの喧騒を後にし、山道を登り始めた。目的地である洞窟までは険しい道だが、ラーンには冒険心を掻き立てるような興奮があったようだ。一方、イシェは常に後ろめたい気持ちを抱えていた。
洞窟の入り口に近づくにつれ、空気は冷たくなり、不気味な静けさが訪れた。ラーンの顔色も少し曇る。
「何か感じる？」
イシェの問いかけに、ラーンは首を横に振ったが、彼の視線は洞窟の奥深くへと向けられていた。
「よし、入ろう！」
ラーンの言葉と共に、三人は洞窟の中へと足を踏み入れた。薄暗い空間には、湿った土と石の匂いが漂い、何処ともなく不気味な音が響き渡る。
「この洞窟は、何か違うぞ…」
イシェは不安を隠せない様子で、ラーンの腕に触れた。
その時、洞窟の奥から、かすかな光が瞬いた。三人は互いに視線を交わし、息を呑んだ。その光は、まるで誰かの目を凝視しているかのような不気味さを漂わせていた。
「あれは…」
ラーンの声は震えていた。イシェは恐怖で体が硬直していた。テルヘルは、冷静に地図を広げながら、低い声で呟く。
「敵だ…ここに待ち伏せされていたようだ」