「よし、今日はあの洞窟だ！」ラーンの豪快な声は、薄暗いビレーの酒場を一瞬満たした。イシェはため息をつきながら、テーブルに置かれた粗末な地図を広げた。「また、行き当たりばったりか？ ラーン、あの洞窟には危険な魔物が棲んでいると噂があるぞ」
ラーンは軽やかに笑った。「そんなの気にすんなよ！俺たちの腕前ならなんとかなるさ。それに、テルヘルさんが高い報酬をくれるんだから、行くしかないだろ？」
イシェはテルヘルの方を見た。彼女は静かに酒を一口飲み干し、鋭い目で二人を見据えていた。その視線には、単なる雇い主ではない何かが宿っていることを、イシェは感じていた。「準備はいいか？」テルヘルは口を開くと、低い声で言った。「あの洞窟には、我々が求めるものがある。失敗は許されない」
ビレーを出るとき、薄明かりが空を染めていた。三人は山道を登り始めた。ラーンは軽快に先頭を歩き、イシェは後ろから彼を見守りながら、テルヘルの足取りに気を配った。テルヘルは常に少し距離を取り、周囲を警戒しているようだった。
洞窟の入り口には、朽ちた石碑が立っていた。そこには、かすれた文字で何か書かれている。ラーンが近づこうとするのを、イシェが制止した。「待て、ラーン。あの文字は古代語だ。触れるのは危険だぞ」
ラーンの好奇心を抑えきれずにいた時、テルヘルが前に出た。彼女は石碑に手を当て、目を閉じた。そして、ゆっくりと古代語を唱え始めた。イシェは、その声に聞き覚えのあるものを感じた。まるで、どこかで聞いたことがあるような、懐かしさすら覚えた。
テルヘルは唱えを終えると、石碑が光り始め、洞窟の奥へと続く通路が現れた。三人は互いに顔を見合わせ、緊張した空気を共有した。イシェは、自分がこの場所にいる理由、そしてテルヘルの目的について、初めて疑問を抱いた。
「さあ、中に入ろう」ラーンが言った。彼の瞳には、冒険への期待と、どこか切ないものが宿っていた。イシェは深く息を吸い込み、三人の後ろをついて洞窟へと進んでいった。彼女には、この洞窟探検が、単なる遺跡探索ではないことを、直感的に感じ取っていた。そして、テルヘルが抱く「敬服」の対象とは何か、その謎を解き明かす旅が始まったのだ。