ビレーの酒場「荒くれ者の陽炎」には、いつもよりも活気がなかった。ラーンがいつものように大杯の酒をぐいっと傾けようとした時、イシェが眉間にしわを寄せて言った。「何か変だな」。ラーンの視線がイシェに向かうと、彼女は小さくため息をついた。「テルヘルが来ない」。
いつもなら、この時間にはすでにテルヘルはテーブルに資料を広げ、遺跡の地図を指さしながら指示を出しているはずだ。だが今日はまだ姿を見せない。
「おい、イシェ、心配しすぎじゃないか?テルヘルもたまには休みたいってのもあるだろ」ラーンがそう言うと、イシェは小さくうなずいた。しかし、彼女の顔色は青白く、不安でいっぱいだった。
ラーンの放蕩な性格とは対照的に、イシェは計画性があり、常に周囲の状況を把握しようと努めていた。テルヘルの不自然な遅れは、彼女にとって予期せぬ事態を意味していたのだ。
「何かあったらどうしよう…」イシェの不安が口から漏れると、ラーンは力強く彼女の肩を叩いた。「大丈夫だ、イシェ。俺たちがいるだろ?テルヘルもきっと無事だ」。彼はそう言って、酒を飲み干した。しかし、彼の笑顔にはいつもの明るさがなかった。
日が暮れ始めると、ビレーの街路灯が一つ一つ火を灯していく。それでもテルヘルの姿は現れない。ラーンの心には不安が影を落とし始めた。イシェは静かに立ち上がり、「探す」とだけ言い残し、店を出た。
ラーンもまた、イシェの後を追うように立ち上がった。「待てよ、イシェ!」彼は叫んだが、彼女の後ろ姿はすでに消えていた。ラーンの心には、冷たい風が吹き抜けた気がした。