ビレーの朝の空気は冷たかった。ラーンは、イシェがいつもより早く準備をしていることに気づいた。
「今日は何かあるのか?イシェ」
イシェは、いつものように冷静な声で答えた。
「テルヘルからの依頼だ。今回は規模が大きいらしい。危険も伴うだろう。だから念の為に」
ラーンの視線がイシェの腰にある小さな革袋に向かった。そこには、いつもより多くの回復薬が入っているはずだ。イシェは、いつも冷静沈着な態度を崩さないが、内心では不安を感じているのかもしれない。ラーンはそう思った。
遺跡への入り口は、いつもと比べて活気がなかった。テルヘルが待っていた。彼女の表情は硬く、何かを隠しているようだった。
「今日はヴォルダンに近い遺跡だ。警戒を怠るな」
テルヘルの言葉に、ラーンの胸が締め付けられた。ヴォルダン。その名前を聞くだけで背筋が凍りつくような恐怖を感じた。
遺跡内は薄暗く、湿った空気が漂っていた。足元には、何とも言えない不気味な音が響いていた。ラーンは剣を握りしめ、周囲を警戒しながら歩を進めた。イシェは、後ろから彼を見守りながら、細かな音を聞き逃さないように耳を澄ましていた。
突然、壁に埋め込まれた石が崩れ落ちた。その隙間から、何かがゆっくりと現れた。それは、半透明の液体のようなもので、まるで霧のように波打っていた。イシェは声を上げた。
「あれは…!」
ラーンは、イシェの言葉が終わる前に、その液体が彼に向かって襲いかかってきたことに気づいた。彼は本能的に剣を振り下ろしたが、剣が通っただけで、液体は消え去ってしまった。
「これは何だ!? 」
ラーンの叫びが、遺跡内に響き渡った。テルヘルは、冷静な表情で言った。
「揮発性の毒だ。触れると即死する」
彼女の言葉に、ラーンは絶望した。彼らは、この遺跡から逃げることしかできなかった。イシェは、ラーンの肩を掴んで後ずさった。だが、その時、ラーンの足が地面に引っ掛かり、バランスを崩してしまった。彼は転倒し、その場に倒れ込んだ。
「ラーン!」
イシェの叫びが虚しく響いた。液体は、ラーンの体をゆっくりと包み込んでいった。ラーンの視界が歪んでいくのを感じた。
その時、イシェは決意した。彼女は、テルヘルに振り返った。
「私を連れて行け!ラーンを置いて行くことはできない!」