ビレーの薄暗い酒場には、いつもより活気がなかった。ラーンがイシェを連れて入ると、いつもの常連客たちも顔を伏せていた。カウンターの主人は、疲れ切った表情でグラスを拭いていた。
「最近、なんか変だべさ」
ラーンの言葉にイシェは頷く。「遺跡からの持ち出しが減ってるし、人々の顔色が悪いわ」
二人は席に着き、いつものように酒を頼んだ。
「あの大穴の話、聞いたか?」
ラーンが口を開くと、イシェは眉をひそめた。
「また噂話かい? そんな大穴なんて…」
「いや、今回は違うみたいだぞ。ヴォルダンから来た連中が、ビレー周辺の遺跡をくまなく調査してるとか」
イシェは言葉を失った。ヴォルダンとは、エンノル連合と対立する大国だ。その軍勢は強力で、ビレーのような小さな街には容赦ない。
「テルトヘルはどう言ってる?」
ラーンが尋ねると、イシェは小さくため息をついた。
「彼女は…何かを知っているようだ。でも、教えてくれない」
イシェの視線は、テルヘルのいつもの席に向けられた。しかし、そこには誰もいなかった。いつもなら、鋭い眼光で周囲を見渡す彼女の姿があったはずなのに…。
その時、イシェは背筋に冷たいものが走った。まるで、何かが彼女をじっと見つめているような感覚だ。振り返ると、壁に飾られた古い絵画が、かすかに光っていた。その絵画は、かつてビレーの遺跡から出土した遺物で、今は忘れ去られた神々の物語を描いていたという。
イシェは、まるで絵画の中に描かれた世界に引き込まれるような感覚を覚えた。そして、その瞬間、彼女の頭の中に、ある言葉が浮かんだ。「投影」。
それは、テルヘルが以前口にした言葉だった。彼女は、遺跡の遺物は単なる物ではなく、「過去の世界を投影する装置」であると信じていたのだ。
イシェは、震える手でラーンの腕を掴んだ。「ラーン、何かおかしい…テルトヘルは…」