「よし、今回はあの崩れかけの塔だ。噂によると、奥深くには未踏破の部屋があるらしいぞ」
ラーンの興奮した声は、ビレーの朝の静けさを一挙に吹き飛ばした。イシェはいつものように眉間に皺を寄せながら、彼の言葉を冷静に吟味していた。
「また噂話か? ラーン、あの塔は危険だって聞いたことがあるぞ。崩落する可能性が高いし、何よりもヴォルダンの兵士が頻繁に出入りしているらしい」
「大丈夫、大丈夫!俺たちならなんとかなるさ。それに、テルヘルさんがいるじゃないか。彼女の情報によると、その部屋には貴重な遺物があるらしいんだ。大穴になるかもしれないぞ!」
ラーンの目は輝きを放っていた。イシェはため息をついた。ラーンの楽観的な性格は、時に彼を危険な目に遭わせることもあった。だが、彼の情熱と仲間への思いやりには、イシェも心動かされることがあった。
「わかった、行くわ。でも、約束よ? 今回は本当に慎重にね」
イシェの言葉にラーンは満面の笑みで応じた。テルヘルは沈黙を守りながら、二人のやり取りを冷ややかに見守っていた。彼女の鋭い目は、遠くヴォルダンとの国境を越えた、ある特定の場所に注がれていた。
廃墟と化した塔の入り口には、ヴォルダンの兵士が一人、監視に立っていた。テルヘルは巧みな話術で彼を騙し、一行を塔内部へと導いた。ラーンとイシェは、テルヘルの指示に従い、慎重に崩れかけた階段を上り始めた。
塔の内部は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。壁には古びた絵画や彫刻が飾られており、かつて栄華を誇った時代の面影を感じさせた。しかし、今はその全てが朽ち果てようとしていた。
「ここからは俺たちが先導する」
テルヘルは低い声で言った。ラーンの好奇心に押され、イシェの慎重さも薄れていく中、彼らは塔の奥深くに進んでいった。そしてついに、噂の未踏破の部屋にたどり着いた。
部屋の中央には、巨大な石棺が置かれていた。その周りには、金銀財宝や宝石が散りばめられていた。ラーンは目を輝かせ、興奮気味に近づこうとした。
しかし、イシェは彼の腕を掴んで引き止めた。
「待て!何か変だ…」
その時、石棺の表面から赤い光が放たれ、部屋全体を赤く染めた。同時に、石棺の上から奇妙な音が聞こえてきた。それはまるで、何かの戸主が目を覚ますような音だった。