「準備はいいか？」
ラーンが粗雑に剣を腰に据え付けると、イシェは小さく頷いた。ビレーの朝はいつも薄暗い空の下で始まる。今日も遺跡へと向かう道は、石畳の上で埃を巻き上げながら続く。
テルヘルは背の高い影のように二人に近づき、地図を広げる。「今日は目標地点が少し手前だ。ここは以前にも調査をした場所だが、新たな通路が開かれたとの情報を得た。」
彼女の目は鋭く、常に何かを探しているようだった。ラーンの無邪気な笑みに対し、イシェはテルヘルの視線にわずかに緊張を感じた。彼女が抱える復讐心は、彼らには理解できないほど深い闇のようだった。
遺跡の入り口は崩れた石壁で塞がれ、かつての栄華を偲ばせる彫刻がむき出しになっていた。ラーンが石を蹴飛ばし、軽快な足取りで中へと入っていく。イシェはテルヘルの後を静かに追う。
「ここには以前から危険な罠があると伝えられている。」
テルヘルが警告する声は、石造りの通路にこだました。しかし、ラーンはまるで耳を貸さぬように、興奮した様子で先へ進む。イシェは彼の背中に影を落としながら、静かに周囲を観察した。
奥深くまで進むにつれて、空気は重くなり、湿った土の匂いが漂ってきた。壁には不気味な絵画が描かれており、イシェの背筋に寒気が走った。
突然、ラーンが鋭い声をあげた。「何かいる！」
彼の剣が光り、影が壁から飛び出す。それは巨大な獣の姿ではなく、まるで生きた鎧のような存在だった。金属製の体には鋭い棘がびっしり生えており、その目は赤く燃えていた。
「遺跡を守る守護者か…」テルヘルは冷静に分析した。
イシェは剣を構え、ラーンと共に獣に立ち向かった。しかし、その攻撃は硬質な鎧を貫通できず、逆に反撃を受けそうになった。その時、テルヘルが後方から何かを投げ入れた。それは閃光弾だった。強烈な光が充満し、獣は混乱した様子を見せた。
「今だ！」
ラーンの剣が獣の弱点に突き刺さる。獣は悲鳴を上げながら崩れ落ちた。
戦い終えた後、イシェは息を切らしながら地面に座り込んだ。
「あの獣は一体何だったんだ…」
「かつてこの地に栄えた文明が作り出したものなのかもしれない。」テルヘルは地図を広げ、次の目的地を確認した。「戦争の技術も、文明と共に失われたのだ。」
彼女の言葉に、イシェは深い悲しみを感じた。戦争は何も生み出さず、ただ破壊と憎しみだけを残す。そして、その傷跡は遺跡という形で、今もこの地に深く刻まれていた。