ビレーの酒場「三叉路」はいつもより活気がなかった。ラーンがいつものように大声を張り上げても、客たちの反応は薄かった。イシェは眉間に皺を寄せながら、杯を傾けた。
「今日はなんだか様子が違うな」
ラーンの顔色が悪いことに気づいたイシェは尋ねた。「何かあったのか?」
ラーンは苦笑いし、「まあな。あのテルヘルがまた難題を持ちかけてきたんだ」
イシェはため息をついた。「一体今度は何だ?またヴォルダンに関する噂話か?」
「違うようだ。今回は遺跡の探索を命じられたんだ。だが、場所が…」
ラーンの声が途絶えた。イシェが心配そうに彼の目を追うと、ラーンはテーブルに置かれた地図を指さした。そこには、ビレーから遠く離れた、ヴォルダンとの国境に近い危険な地域を示す赤い印があった。
「あの辺りには、かつてヴォルダン軍とエンノル連合軍が激突したという噂があるぞ」
イシェは地図を凝視した。「確かに危険だ。しかも、あの場所には強力な魔物が封印されているという言い伝えもある…」
ラーンの表情は険しくなった。「テルヘルは、その魔物からある遺物を奪い出したいと言っている」
イシェはラーンの言葉に言葉を失った。テルヘルの目的はヴォルダンへの復讐だが、その手段は時に冷酷で、危険を顧みない。今回の依頼も、彼女が利用する手段の一つに過ぎなかったのだろう。
「あの場所へ行くのは自殺行為だ」
イシェは静かに言った。「私たちにはそんなリスクを取れる理由はない」
ラーンの目は揺らぎ、イシェの言葉に同意したようだった。だが、すぐに彼は立ち上がり、テーブルを叩いた。
「いや、待て!俺たちは約束しただろ?テルヘルに協力するんだ!」
イシェはラーンの態度に困惑した。「約束?いつ?」
ラーンは苦笑いし、「あの日、テルヘルに力を貸すことを約束したのを覚えていないのか?」
イシェは目を丸くした。ラーンがテルヘルに協力することを決めたのは、彼女の魅力的な提案を聞いたときだった。しかし、その記憶はイシェには曖昧だった。
「あの時は…俺はまだ若かったんだ…」
イシェはラーンの言葉を聞いて、深い悲しみに襲われた。彼はまだ幼い、無垢な心を持っているのだ。そして、その純粋さを利用しようとする者がいるのも事実だ。
イシェは決意を固めた。「ラーン、お前は大人になった方がいい」とイシェは言った。「テルヘルにはもう従う必要はない。俺たちには、自分たちの未来を切り開く権利があるんだ」
ラーンの顔色は青白くなった。彼は自分の無知さに気づき、恐怖に慄いた。しかし、イシェの言葉は彼の心を強く揺さぶった。
「イシェ…」
ラーンはためらいながら言った。「俺たちは…一体何者なんだ?」