ラーンが剣を抜き放つ音だけが、埃っぽい遺跡の静寂を破った。イシェは息を呑んで、崩れかけた石柱の陰から様子を伺った。巨大な影が彼らの上に覆いかぶさってくる。それは、ヴォルダンの紋章が入った鎧を纏った兵士だった。「やっつけてしまえ!」ラーンの怒号が響き渡る。だが、兵士は一人ではなかった。
背後から冷たく低い声が聞こえた。「逃げろ、イシェ!」テルヘルが駆け寄り、小さな短剣を振りかざす。彼女の瞳には、燃えるような怒りと哀しみがあった。イシェは迷った。ラーンを助けるべきなのか、テルヘルの言葉を聞くべきなのか。
その時、ラーンの剣が兵士の鎧に深く突き刺さった。「うぉっ!」ラーンの顔に安堵の色が浮かぶ。だが、その瞬間、背後から別の兵士がイシェめがけて襲いかかる。ラーンは振り返ろうとしたが、もう遅かった。
「イシェー!」テルヘルが飛び込んだ。彼女は小さな体で兵士の前に立ち塞がり、短剣を振り下ろした。しかし、兵士は強靭な鎧に守られ、テルヘルの攻撃は無駄だった。
「やめろ!」イシェが叫んだ。ラーンはイシェを守ろうと駆け寄ろうとしたが、もう一人、兵士に囲まれていた。「くそ!」ラーンの怒りが爆発した。彼は剣を振り上げ、目の前の兵士に襲いかかる。
テルヘルは兵士の攻撃を受け止めながら、イシェに言った。「逃げろ!私は必ず後で追いかける」イシェはためらいながらも、立ち去る決断をした。振り返ると、テルヘルはもう一人、兵士と戦っていた。彼女の背中には深い傷がいくつも刻まれていた。
イシェは、ラーンの顔の狂気に似た表情を思い出す。そして、テルヘルの瞳に宿る愛憎の炎を思い出す。彼女は自分の選択に深く後悔した。