「よし、今日はあの洞窟だ!」
ラーンの豪快な声はビレーの朝霧を切り裂いた。イシェはいつものように眉間に皺を寄せながら、彼の後ろをついていく。
「また、行き当たりばったりか?」
「いや、今回は違う! 昨日、酒場で聞いたんだ。あの洞窟には、古代の王家の墓があるって!」
ラーンの瞳が輝き、興奮気味にイシェの手を引っ張った。「もしかしたら、そこで大穴が見つかるかもしれないぞ!」
イシェはため息をついた。ラーンの「大穴」への執念は、彼女にとって理解不能だった。だが、彼の情熱にはどこか惹かれるものがあったし、何より幼馴染みである彼の笑顔を見たいという気持ちの方が強かった。
「わかった、わかった。でも今回は、本当に慎重にやろうね」
イシェはそう言って、ラーンの後ろをついて洞窟へと向かった。
テルヘルは二人が出発するのを静かに見ていた。彼女の目は冷たく鋭く、その奥には深い悲しみと憎しみが渦巻いていた。ヴォルダンとの復讐を果たすために、彼女はあらゆる手段を使う覚悟だった。ラーンとイシェを利用するのは、その一環に過ぎなかった。
洞窟の中は暗く湿っていた。ラーンの持つランタンの光だけが、壁に描かれた奇妙な模様を浮かび上がらせていた。イシェは、ラーンの無謀さにいつも以上に緊張していた。
「ちょっと待て!」
イシェが突然叫んだ。彼女の足元には、朽ち果てた木の根が絡み合い、まるで罠のように待ち構えていた。ラーンは慌てて後ずさりした。
「危なかったな! イシェ、お前はいつも冷静で助かるぜ!」
ラーンはそう言ってイシェの肩を叩いた。イシェは彼を睨んだが、その目はどこかほっとしたように見えた。
「気をつけろよ、ラーン」
二人は再び歩き始めた。洞窟の奥深くへと続く通路に、不気味な影が伸びていた。
テルヘルは、遠くから二人の様子を見守っていた。彼女の唇からは、かすかな微笑みが浮かんでいた。
「もうすぐだ…」
彼女は呟いた。
その夜、ビレーには雪が降り始めた。ラーンとイシェは疲れた体に熱い酒を流し込み、小さな火の前で温まっている。
「今日は何も見つからなかったな」
ラーンの声に、イシェは小さく頷いた。だが、彼女の心の中では、何かが動き始めていた。ラーンの無謀さに何度も助けられたこと、彼の笑顔に勇気づけられたこと。そして、彼と一緒にいることで、自分が少しずつ変わっていくのを感じていたこと。
「いつか必ず、大穴を見つけるぞ!」
ラーンはそう言って、イシェと拳をこつにした。イシェは、彼の言葉を真顔で受け止めた。
テルヘルは、二人が酒を酌み交わす様子を影から見ていた。彼女の目は、氷のように冷たかった。
「愛し合う」とは、彼女には理解不能な言葉だった。だが、ラーンとイシェの間に流れる温かい感情に触れ、彼女の胸に何かが締め付けられるような感覚がした。それは憎しみでも復讐心でもなく、まるで、かつて失ってしまった大切なものを思い出させるような、懐かしい痛みだった。