ラーンが石を蹴飛ばす音だけが響く静かな朝だった。ビレーの空は薄っすらと灰色がかかり、いつもより冷え込むような気がした。イシェは肩をすくめながら、粗末な宿屋の一室で火にあたりながら、小さな声で言った。「今日は遺跡に行かないの?」
ラーンはベッドの上で伸びをしながら、「ああ、行くよ。でも、今日は気分が乗らないんだ」と答えた。いつもなら遺跡探しの話で盛り上がっているはずなのに、今日はなぜか沈黙が続く。イシェはラーンの顔色を伺うように言った。「何かあったの?」
ラーンの視線は遠くを見つめていた。「ああ、昨日テルヘルから聞いた話なんだ。ヴォルダンとエンノル連合の国境付近でまた遺跡が発掘されたらしい。規模が大きいみたいだ」
イシェは息を呑んだ。「そうか…」
二人は沈黙に包まれた。ヴォルダンとの国境付近では、かつて大規模な文明が存在したという伝説が残っている。その遺跡は悠久の時を経て眠り続け、時折、わずかな情報だけが漏れてくる。だが、その全てがヴォルダンに支配され、エンノル連合にはほとんど情報は届かない。
ラーンは立ち上がり、窓の外を見つめた。「あの遺跡を掘り当てられたら…」と呟いた。イシェはラーンの背中に手を当て、静かに言った。「でも、それは危険すぎるわよ」
ラーンの顔には、かつての輝きを取り戻したような表情が浮かんだ。「そうだな。だが、俺たちは探検者だ。リスクを恐れないのが探検者の仕事だろう?」彼はイシェに笑顔を見せながら言った。「さあ、準備していこう!今日は大穴が見つかるかもしれないぞ!」
イシェはラーンの言葉に少しだけ安心したように微笑んだ。二人は肩を並べて宿屋から出て行った。背後には、悠久の時が流れ続けるビレーの街と、彼らの人生を左右する遺跡の影が伸びていた。