ビレーの朝はいつも早かった。ラーンが目を覚ますと、イシェはすでに準備を終えていた。今日はテルヘルからの依頼で、山脈を越えた先の遺跡へ向かう予定だった。
「準備はいいか?今日は特に危険な場所らしいぞ」
ラーンの言葉にイシェは小さく頷く。テルヘルの提供した地図には、遺跡の構造が複雑に記されていた。まるで迷宮のようだった。
「あの遺跡はヴォルダン軍が以前調査していたらしいんだ。何か重要なものがあるのかも知れない」
テルヘルはそう告げていた。彼女の目的はあくまでヴォルダンへの復讐だが、ラーンとイシェには、大穴を見つけるという夢もあった。
山道を進むにつれて、周囲の景色は一変した。かつて緑豊かな森だった場所が、今では荒れ果てた大地が広がっていた。遺跡へと続く道は険しく、時折崩落する箇所もあった。
「ここからは特に注意が必要だ」
イシェの声が緊張を帯びていた。足元には、見慣れない植物が生い茂り、不気味な光を放っていた。
遺跡の入り口にたどり着くと、そこは異様な静けさに包まれていた。まるで時間が止まったかのように、石造りの壁がそびえ立っている。ラーンは剣を握り締め、イシェは慎重に周囲を警戒した。
迷路のような通路を進んでいくうちに、彼らは奇妙なシンボルに遭遇した。それはまるで古代の文字のようでありながら、どこかで見たことがあるような気がした。
「これは…?」
イシェが呟くと、ラーンは不吉な予感を覚えた。この遺跡には、何か邪悪な力を感じたのだ。
彼らは迷宮のような通路を彷徨い続け、やがて巨大な石の扉に辿り着いた。扉には、先ほど見かけたシンボルが刻まれており、その中心には赤い宝石が嵌められていた。
「ここが…?」
イシェは扉に触れた瞬間、激しい頭痛に襲われた。彼女の脳裏には、フラッシュバックのように様々な光景が浮かんだ。
荒廃した世界、血に染まった戦場、そして絶望的な叫び声…。
「何だ…これは…」
イシェの目から涙が溢れ出た。彼女は自分が何者なのか、何のためにここにいるのか、分からなくなっていた。
ラーンはイシェを抱きしめながら、彼女を静かに慰めた。
「大丈夫だ…俺がいる」