ラーンの鼻先に、イシェの肘が突き刺さった。「起きろよ、もう昼だ」。イシェの声がかすかに響く。ラーンはうっすらと意識を取り戻した。目の前には見慣れた遺跡の入り口が、薄暗い光を放っていた。
「何で起こすんだよ、イシェ。まだ朝だって」ラーンはあくびしながら言った。イシェは眉間にしわを寄せた。「もう昼だよ。テルヘルが待っているって」。
ラーンの頭がようやく冴えてきた。「そうだったか…」。昨日、テルヘルから遺跡探索の依頼を受けたことを思い出した。大金持ちの貴族に仕える彼女の使い込みで、今回は特に報酬が良いらしい。
「よし、準備だ」とラーンは立ち上がったが、イシェはまだ眉間にしわを寄せたままだった。「準備？ いつからお前はそんなこと言うようになったんだ？」
「えっと…あの…」ラーンは戸惑った。いつも通りに準備しようとしたのだが、なぜか今日はイシェの言葉が刺さるように感じた。テルヘルからの依頼内容も、イシェは慎重に検討した上で承諾していたはずだ。なぜ、こんなにも不安を覚えるのだろう。
イシェは、ラーンの様子を見て小さくため息をついた。「いいよ、わかってる。今回は大金が入るって聞いたから、張り切っているんだろう？」ラーンはうなずいた。イシェの言葉にはいつも通り、鋭い洞察力があった。
「でも、ラーン…」イシェは少しだけ声色を変えた。「あの遺跡は危険だって聞いたことがある。無理をしないように、ちゃんと気を付けて」
ラーンの心には、かすかな不安が芽生えた。イシェはいつも冷静沈着で、滅多に感情を表に出さない。だが、今回は何か違うものを感じた。まるで、自分が何かを隠しているかのように。
テルヘルは遺跡の入り口前で待ち構えていた。黒曜石のような瞳をラーンとイシェに向け、薄く微笑んだ。「準備はいいかね？」彼女の言葉は冷酷で、どこか不気味だった。ラーンの心の中で、居眠りから覚めたばかりの不安が、さらに大きくなった。
「よし、行くぞ！」ラーンは、イシェに目を合わせることなく、遺跡へと足を踏み入れた。彼の背中には、かすかな影が伸びていた。