「よし、行こう！」ラーンの豪快な声がビレーの朝の静けさを破った。イシェはため息をつきながら、背負った荷物を整理した。「また、どこぞの遺跡を掘り返すつもりなの？」
「今回は違う！俺の直感が言ってるんだ。今回は必ず何か見つかる！」ラーンは目を輝かせた。イシェはそんなラーンの熱意に、つい微笑んでしまう。彼とは正反対だが、彼の明るさと行動力にはいつも惹かれていた。
彼らはテルヘルと待ち合わせ場所へ向かった。彼女はいつも通り、黒曜石のように冷たい目で二人を見下ろしていた。「準備はいいか？」彼女の言葉は冷たいが、ラーンたちの安全を常に考えていることはイシェには分かっていた。
今回はヴォルダンとの国境に近い遺跡だった。危険な場所だが、テルヘルが情報を入手したという貴重な遺物があるらしい。ラーンの興奮とイシェの慎重さがぶつかり合うように、３人は遺跡へと足を踏み入れた。
遺跡は深い闇に包まれ、朽ち果てた石造りの壁からは冷たい風が吹きつけてきた。ラーンは剣を構え、イシェは慎重に足元を確かめて進む。テルヘルは常に周囲を見回し、何かを察知しているかのように鋭い視線を放っていた。
奥へ進むにつれて、遺跡の空気が重くなっていった。壁には奇妙な文様が刻まれ、不気味な影が壁に揺らめいているようだった。イシェは背筋が寒くなるのを感じた。
突然、ラーンが叫んだ。「なんだこれは！」彼の指さす方向には、石でできた巨大な扉があった。扉には複雑な模様が刻まれており、まるで生きているかのように輝いていた。
テルヘルは扉に近づき、慎重に手を触れた。「これは…。」彼女の顔が硬くなった。「かつてヴォルダンが崇拝していた神殿の入り口だ。ここに眠っているものは、ヴォルダンの復活に繋がる可能性がある…」
イシェは息を呑んだ。ラーンの興奮を抑えきれず、扉を開けようとしたその時、テルヘルが彼の手を強く掴んだ。「待て！」彼女の目は冷たく、そして何かを悟ったような表情をしていた。「ここには危険が潜んでいる。我々の力では制御できないものかもしれない…」
ラーンは戸惑いながらも、テルヘルを見つめた。イシェは二人を見つめ、静かに考え始めた。テルヘルはヴォルダンへの復讐を誓う者だが、彼女は同時にこの世界の均衡を保つことを理解している。そして、ラーンの無邪気な行動が世界を危機に陥れる可能性を察知したのだ。
イシェはラーンの肩に触れ、「今回は引き下がるべきだ」と静かに言った。ラーンは渋々ながらも頷き、扉から手を離した。テルヘルは深く頷き、３人は遺跡から立ち去った。
夕暮れのビレーに戻り、ラーンが落胆そうに酒を飲むのを見た時、イシェは彼の肩を叩いた。「大丈夫だ。いつかまたチャンスがあるさ。」ラーンの顔色が少し明るくなった。イシェは彼に微笑みかけた。
「僕たちは、まだ若いから」
イシェは心の奥底で思った。彼らはまだ、この世界と向き合うための準備ができていないのかもしれない。しかし、テルヘルの存在は、彼らの成長を促し、真の力を引き出す可能性を秘めている。そして、いつか必ず、彼らがこの世界の秩序に挑戦する時が来るだろう。