ビレーの夕暮れ時、ラーンが酒場で一杯ひっかけるようにイシェを待っていた。イシェはいつも通り遅れてきた。彼女の頬にはわずかな疲れの色が浮かんでいた。
「今日は遺跡で何かあったのか?」
ラーンの問いにイシェは小さく頷いた。「またあの奇妙な文様が出てきたんだ」
彼女はテーブルに広げた地図を指さした。そこに記されていたのは、ビレーからほど近い場所に眠る遺跡の配置図だった。ラーンがいつも口にする「大穴」がある場所を示す地図だ。
「テルヘルは言っていた。あの文様が鍵になるらしいと」
イシェは眉間に皺を寄せた。「でも、彼女は具体的に何のことなのか教えてくれない。いつも曖昧に...」
ラーンの顔色が少し曇った。「あの女は本当に信頼できるのか?」
イシェはため息をついた。「わかんない。でも、今のところ他に頼れる人はいないわ」
二人が沈黙に包まれたその時、酒場のドアが開き、テルヘルが入ってきた。彼女は黒曜石の髪を後ろでまとめ、鋭い眼光を向けていた。
「準備はいいか?」
テルヘルの声は冷たかった。「明日、あの遺跡へ行く。家名」を奪い返すための第一歩だ。
ラーンとイシェが顔を合わせた。二人は互いに頷き合った。彼らはまだ「家名」の真の意味を知らず、テルヘルが抱く復讐心も理解していなかった。だが、今はただ彼女に従うしかなかった。
翌朝、三人はビレーを出発した。彼らの前に広がるのは、希望と危険が入り混じった未知の世界だった。