ビレーの薄暗い酒場にはいつもより活気がなかった。ラーンがイシェに絡みついては冗談を言って笑わせていたが、イシェの瞳にはどこか影があった。ラーンの豪快な笑い声も、いつもより少しだけ小さく響いていた。
「次の遺跡は、あの山脈を越えた先にあるんだってな」とラーンは言っていた。テルヘルからの依頼だった。巨大な遺跡群があると噂されている場所だ。かつての文明の残骸が眠り、莫大な財宝も秘めているという話も耳にしたことがある。だが、その場所はヴォルダンとの国境に近い危険地帯だった。
イシェは地図を広げ、指で遺跡の位置を辿った。ラーンの目を輝かせたように見えるが、イシェの心には不安が渦巻いていた。ヴォルダンとの緊張が高まる中、危険な場所へ行くことは避けた方が良いと頭では理解していた。だが、ラーンの夢を叶えたいという気持ちも捨てきれない。
「イシェ、どうしたんだ？」ラーンの声が聞こえた。イシェは顔を上げると、ラーンの瞳に深い憂いを感じた。いつもは明るく笑っている彼の顔には、孤独な影が落ちていた。イシェは言葉を失い、ただ頷くだけだった。
テルヘルは、彼らを雇った理由を明かしていなかった。復讐を果たすためだとしか言わなかった。その言葉の裏に、どんな苦悩と孤独が隠されているのか。イシェは想像したくない気持ちでいっぱいだった。
「行くぞ、イシェ」ラーンの声が響き渡り、イシェは立ち上がった。危険な遺跡へ向かう旅が始まろうとしていた。