「おい、イシェ、あの石碑、どうだ?」ラーンが大きな石碑の前に立ち、興奮気味に言った。イシェは眉間に皺を寄せながら石碑の刻まれた文字を注意深く眺めていた。「よくわからない。古代語の一種みたいだけど…」。ラーンの肩越しにテルヘルも石碑を見つめた。「興味深い。この記号群はヴォルダン辺境で見つけたものと酷似しているわ。もしかしたら…」彼女は言葉を濁すように言った。「何か知っているのか?」ラーンが食い下がったが、テルヘルは「今はまだ」とだけ答え、視線を石碑から逸らした。イシェはラーンの無邪気な問いかけに呆れ顔で答えた。「まあ、彼女が言うようにヴォルダン辺境の遺跡と関連があるかもしれないよ。でも、それがどうだかは…」
「何だ?」ラーンの言葉がイシェを遮った。「あの…あの方向から声が聞こえるぞ!」ラーンは耳を澄まし、遠くの方から聞こえるかすかな声を聞き取ろうとしていた。「何の声だ?」イシェも緊張して周囲を警戒した。テルヘルは冷静に言った。「誰かが近づいてきているようだ。武器の準備を」。三人は互いに背を預け合い、周囲を警戒した。
しばらくすると、彼らの前に一人の男が現れた。顔には傷跡が刻まれ、衣服はボロボロだった。「助けてくれ…」男はよろめきながら言った。「ヴォルダン…ヴォルダンの兵士に追われている…」。ラーンは男の手助けをしたが、イシェは警戒を怠らなかった。「なぜここへ?」テルヘルが鋭い視線で男を見据えた。「…私は、この遺跡にあるもの…妻を救うための鍵…」。男は涙ながらに言った。彼の言葉にラーンの表情が曇り、イシェも何かを感じ取ったようにテルヘルの顔色を窺った。
「妻を救うための鍵?」テルヘルは少し考え込んだ後、男の話を聞き始めた。「ヴォルダンが君を…?」。男は頷きながら、自分の身の上話をする。「ヴォルダン軍に妻を拉致されたんだ…彼女は…彼女は…」。男の声は次第に小さくなり、涙で言葉を失った。
「待てよ…」イシェは突然声を上げた。「何かおかしいぞ」。ラーンの顔色も硬くなった。「確かにヴォルダンと敵対しているが、この男の話を鵜呑みにするのは危険だ」。イシェは冷静に状況を分析した。「妻を救うための鍵…それは単なる言い訳かもしれない。ヴォルダン軍に追われているという嘘で私たちを騙し、遺跡の秘密を聞き出そうとしている可能性もある」。
テルヘルはイシェの意見に頷きながら、男を見つめた。「確かにその可能性も否定できないわね…」彼女は男に向かって言った。「本当のことを言う必要がある。なぜなら、この遺跡には危険が潜んでいるから」。男は動揺した様子を見せながらも、真実を語る決意を固めたように見えた。彼の言葉は、ヴォルダンとの因縁、そして妻との深い絆、そしてその背後にあるある秘密を明かし始めた。それは、単なる遺跡探索の物語をはるかに超える、壮絶な運命の物語の始まりだった。