ビレーの酒場で、ラーンが豪快に笑っている。イシェは眉間にしわを寄せて、彼の背後にあるテーブルの客たちを警戒していた。今日の遺跡探索では、テルヘルが持ち出した古代地図のおかげで、見事な装飾品と不思議な鉱石を見つけたのだ。だが、イシェにはどこか釈然としないものがあった。
「おい、イシェ!もっと楽しめよ!」ラーンの声が、酒場の喧騒に負けないほど大きかった。「今日は大金が入ったぞ!これでしばらくは贅沢三昧だ!」
「贅沢って…」イシェは小さく呟いた。「あの鉱石は一体何だったんだ?テルヘルが言ったように本当に価値があるのか?」
ラーンは肩をすくめた。「そんな細かいこと気にすんな。とにかく金が入ればそれでいいだろ?」
イシェは、ラーンの視線がテルヘルのテーブルに向いているのを見逃さなかった。テルヘルは黒曜石のような瞳で、不気味なほど冷静に酒を飲んでいた。彼女の唇の端には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「あの女…」イシェは心の底からそう思った。「一体何を知っているんだろう…」
その夜、イシェは眠ることができなかった。テルヘルの言葉が頭の中で渦巻いていた。「ヴォルダンへの復讐」…。そして、ラーンに渡された高額な日当。
彼女は、自分たちが単なる遺跡探検家ではなく、何か大きな陰謀の駒になっているのではないかと疑い始めた。その不安は、まるで彼女を巧みに操る糸のように、イシェの心を締め付けていった。
翌朝、イシェはラーンに告げた。「今日は休もう。少しの間、ビレーから離れたいんだ。」
ラーンの顔色が変わった。そして、彼はゆっくりとイシェを見つめた。「何かあるのか?」
イシェは言葉を濁した。「ただ疲れただけ。少しだけ静かに過ごしたい気分なの。」
ラーンは納得したようだった。「わかった。じゃあ、また明日会おう。」
イシェは、ラーンの視線がテルヘルのテーブルに向いているのを見逃さなかった。テルヘルは、まるでイシェを見透かしているかのように、ゆっくりと頷いた。その瞬間、イシェは確信した。
自分たちは、もうすでに誰かの手に握られているのだ。