「よし、ここだな」
ラーンが石畳の上にあるかすかなひび割れを指差した。イシェは眉間に皺を寄せた。
「またか？ ラーン、あの洞窟は危険だって言っただろう。あの臭い…何か悪臭がする」
「大丈夫だ、大丈夫。いい感じの空気が漂ってるぞ！ 大穴が見つかる予感しかしない！」
ラーンの言葉にイシェはため息をついた。彼の楽観的な性格と、それに翻弄される自分の姿は、もう何年も変わらない routine のようだった。
テルヘルは背筋を伸ばして立ち尽くしていた。彼女はラーンの行動をじっと見据えながら、薄暗い瞳に何かを宿す。
「では、私は先に進む」
テルヘルの言葉は冷たかった。ラーンとイシェが懐疑的な視線を向ける中、彼女は洞窟の入り口に足を踏み入れた。石畳の上には粘り気のある黒い液体が滲んでおり、不快な腐った臭いが鼻腔を刺激した。イシェは思わず顔をしかめた。
「本当に大丈夫なのか…」
ラーンの背後からイシェの声が聞こえた。だがラーンはすでに洞窟の奥へと進んでいった。
「待てよ、ラーン！」
イシェが彼を追いかけるように洞窟の中に入ると、そこには見覚えのある光景が広がっていた。一面に広がる漆黒の壁、床にはまるで血のように赤い液体が流れ出す。そして、その中心には巨大な祭壇があり、そこには歪んだ形をした偶像が安置されていた。
「何だこれは…」
イシェは言葉を失った。ラーンは興奮気味に祭壇へと近づいていく。
「すごい！ これは一体…！」
その時、彼の足元から何かが噴き出した。それは真っ赤な液体で、強烈な悪臭を放っていた。ラーンの足首にはすでにその液体が染み込み、肉を腐らしているかのような不気味な音を立てていた。
「ぐわっ…！ 」
ラーンは叫び声を上げながら後ずさったが、すでに遅かった。彼は床に崩れ落ち、苦しみ始めた。
イシェは恐怖で言葉を失いながらも、ラーンに駆け寄った。彼の顔色は青白く、唇からは白い泡が溢れていた。
「ラーン！ どうしたの？！」
イシェがラーンの顔を見つめた時、彼は吐き気を催し、口から黒い液体を吐き出した。その液体が床に落ちると、さらに激しい腐敗臭が充満し、イシェも思わず嘔吐しそうになった。
「ぐ…苦しい…助けて…」
ラーンの声はかすれていく。イシェは必死に彼を支えようとしたが、彼の体はみるみるうちに冷たくなっていった。
「テ…テルヘル！ 」
イシェの叫び声は洞窟に響き渡った。だが、応答する声はなかった。