ビレーの市場が活気に満ちていた日、ラーンはイシェに引きずられるように古い酒場へ連れてこられた。イシェは珍しく眉間にしわを寄せており、ラーンの顔色も険しかった。
「あのテルヘルがまた来たんだって」イシェの声はいつもより低く、不安が滲んでいた。「今回は特に様子がおかしいらしい。何か企んでいるとでも言ってる人がいる」
ラーンの鼻腔を刺激するような、かすかに腐った獣の臭いがする。それはテルヘルの常連である酒場特有の匂いではなく、どこか不気味な異臭だった。ラーンは嗅覚を研ぎ澄まし、イシェの言葉を聞きながら、テルヘルが何を企んでいるのかを考え始めた。
酒場の入り口から、テルヘルが姿を現した。その瞬間、ラーンの脳裏に、腐敗した肉と錆びた鉄の匂いが鮮明に浮かんだ。それは、ヴォルダンで経験した戦場特有の臭いだった。ラーンは背筋を凍らせ、イシェに視線を合わせた。
テルヘルは、不気味な笑みを浮かべながら、「今日は特別なお仕事があるわ」と切り出した。「大穴に繋がる遺跡らしいのよ。危険だけど、報酬は格別よ」
ラーンの嗅覚が異常に反応した。それは、ただの遺跡の臭いではない。何か恐ろしいものが眠っている予感がした。イシェはテルヘルの言葉に驚きを隠せなかったが、ラーンはすでに決意を固めていた。
「行くぞ、イシェ。大穴が見つかるかもしれない」