ビレーの酒場「荒くれ者」の喧騒の中に、ラーンはイシェの眉間に刻まれた皺を見つめていた。いつもより深く、深く刻まれていたように見えた。
「どうしたんだ? イシェ。顔色が悪いぞ」
イシェは小さくため息をつき、視線を酒を注ぐバーテンダーからそらした。「あの遺跡のことだよ…。あの奇妙な石碑に刻まれた文様…あれって一体何だったんだろう?」
ラーンは肩をすくめた。「また考えるなよ。あの石碑はただの飾り物だ。テルヘルが言ってただろう? ヴォルダンの遺跡について、何か知ってるらしいし。あいつはきっと何か企んでいるんだ」
イシェは静かに頷いた。テルヘルの冷酷な美しさに、ラーンはいつも心を奪われていたが、イシェには彼女の瞳の奥底に潜む闇を感じ取ることができた。
「あの石碑…まるで、何かを警告しているように感じたんだ」
ラーンの脳裏には、かつてビレーの老人から聞いた民話があった。遠い昔、この地に降り立った哲人は、未来を予見する力を持ち、その知識を石に刻んだという伝説だ。
「そんな話はただの迷信だろう」
ラーンはそう言ってイシェの肩を叩いた。だが、彼自身の心にも、かすかな不安が芽生えていた。
翌日、遺跡へと向かう道中、イシェは歩きながら呟いた。「あの哲人の石碑…もしかして、ヴォルダンが何らかの危険な計画を実行しようとしていることを警告しているんじゃないのか?」
ラーンはイシェの言葉に耳を傾けながらも、内心で反論していた。
「そんな馬鹿な話があるわけがない。テルヘルが言うように、ヴォルダンはただの野蛮人だ。俺たちには関係ないことだ」
しかし、イシェの真剣な表情を見つめるうちに、ラーンの心の中に小さな影が落とされた。 哲人の警告…それは彼らを待っている運命なのかもしれない。