「よし、今回はあの崩れた塔だ。地図によると、奥深くには未開の部屋があるらしい」
ラーンの豪快な笑いがビレーの狭い路地をこだました。イシェは眉間にしわを寄せて地図を広げた。
「また危険な場所を選んだわね。あの塔は崩落寸前だと聞いたわよ。本当に大穴が見つかると思ってるの？」
「もちろん！俺には感じるんだ、今回は違うって」
ラーンの瞳は自信に満ち溢れていたが、イシェはその背後に潜む不安を感じ取っていた。最近、ラーンは以前より落ち着きがなく、遺跡探しの目的が曖昧になっているように思えた。まるで何か別のものを追い求めているかのようだ。
そんな時、影のような男が彼らの前に現れた。テルヘルだ。いつも通り黒のローブに身を包み、鋭い眼光で二人を見据えている。
「準備はいいか？今日の報酬は特別だぞ」
彼女の言葉にラーンは目を輝かせたが、イシェは何かを感じ取った。テルヘルの表情には、いつも以上に冷酷な影が漂っているように見えた。
崩れた塔の内部は薄暗く、不気味な静寂に包まれていた。足元には崩れかけた石畳が広がり、天井からは埃と石片が降り注いでくる。ラーンは先陣を切って進もうとしたが、イシェは彼を引き止めた。
「待ちなさい。何か変だ」
彼女は鋭い感覚で、周囲の空気を察知していた。どこかで不吉なものが蠢いているような気がしたのだ。
その時、塔の奥から低い唸り声が響き渡った。それは獣のような咆哮ではなく、まるで石と金属が擦れ合うような不気味な音だった。ラーンの顔色が一変した。
「何だあの音…？」
彼は剣を握りしめ、警戒姿勢をとった。イシェも同様に緊張感を増し、テルヘルは冷静に周囲を警戒していた。
その時、壁の奥から巨大な影が姿を現した。それは機械仕掛けの怪物であり、その体は錆び付いた鉄で覆われていた。赤い光が眼から発せられ、鋭い歯がむき出しになっている。
「これは…！」
イシェは息を呑んだ。この遺跡にはこんなものがあったとは…。
ラーンは剣を高く掲げ、怪物に立ち向かった。だが、その姿はどこか虚ろに見えた。まるで別の何かを追い求めるように、戦いの中に迷い込んでいくようだった。
「ラーン！」
イシェが叫んだ時、ラーンの剣が怪物に命中した。しかし、それはかすり傷に過ぎず、怪物は全く怯む様子を見せなかった。その代わりに、ラーンは巨大な腕に掴まれて、塔の壁へと叩きつけられた。
「ラーーン！」
イシェは絶叫し、怪物に飛びかかった。だが、テルヘルが彼女を制止した。
「無駄だ。あの怪物は我々の力では倒せない」
彼女の言葉は冷酷だったが、イシェはどこかでその通りだと感じていた。
ラーンの姿を見て、イシェは初めて彼の抱える「叛意」の深さを理解した。彼は単に財宝を求めているのではない。何か別のもの、失われたものを求めて、危険な道に足を踏み入れているのだ。そして、その道は彼を破滅へと導くのかもしれない…
その時、塔の外から激しい音が聞こえてきた。ヴォルダンの軍勢が近づいているのだ。
「もう時間がない。逃げよう！」
テルヘルが叫んだ。イシェは迷うことなくラーンを抱き上げ、塔の外へ走り出した。しかし、ラーンの目はまだ怪物に向けられており、何かを訴えているようだった。