ビレーの朝の空気は埃っぽかった。ラーンが鼻を鳴らしながら剣を研ぐ音だけが響く、小さな部屋。イシェは薄暗い隅で地図を広げ、眉間にしわを寄せていた。
「今日はあの洞窟だな。テルヘルが言うには、そこには未開の通路があるらしい」
ラーンの言葉にイシェはため息をつき、地図を指さした。
「あの洞窟は危険だって聞いたことがある。しかも、ヴォルダンとの国境に近い場所だし...何か変だぞ、ラーン」
「気にすんなって。テルヘルが言うなら大丈夫だろ?それに大穴が見つかるかもしれないんだぞ!」
ラーンの無邪気な言葉にイシェは苦笑する。ラーンの楽観的な性格と、その裏にある深い情熱を、彼女はよく知っていた。そして、彼をいつも心配させてしまう自分の慎重さも自覚していた。
「わかったわ。でも、何かあったらすぐに逃げ出すぞ」
イシェがそう言うと、ラーンは満面の笑みで剣を構えた。
テルヘルはビレーの酒場で待ち受けていた。黒曜石のような瞳と鋭い鼻筋、そして口元に浮かぶ冷酷な微笑みが、彼女の危険な魅力を際立たせている。
「準備はいいか?」
テルヘルの声に、ラーンとイシェはうなずく。
洞窟への入り口は、腐敗した木々が生い茂る湿った場所で、不気味な臭いが立ち込めていた。イシェは鼻をひくつくと、ラーンの腕に引っ張られながら洞窟の中へと足を踏み入れた。
洞窟内は真っ暗で、湿った土とカビの匂いが漂っていた。懐中電灯の光が壁に当たると、奇妙な模様が浮かび上がる。イシェは背筋がぞっとするような感覚を覚えた。
「ここには何かいる気がする…」
イシェの呟きに、ラーンは笑い声を上げた。
「そんなことないさ。ほら、テルヘルも一緒だ」
テルヘルは先頭を歩いていた。彼女の足取りは軽く、まるでこの洞窟に慣れているかのように堂々としている。だが、イシェには、テルヘルの背中に潜む何か冷酷な影を感じた。
奥深くまで進むにつれ、洞窟の空気が重くなってきた。そして、ついに、彼らは未開の通路を発見した。
「見つけたぞ!」
ラーンが興奮して叫んだ瞬間、空気が凍りついたような静寂が訪れた。
イシェは本能的に何かが起こる予感を覚えた。そして、その直後、洞窟の奥から、腐った肉の臭いと共に、不気味な唸り声が響き渡った…。