ビレーの朝は、いつもより早く訪れたように感じた。ラーンが目を覚ますと、イシェはすでに準備を整えていた。
「今日はテルヘルさんの依頼で、あの『鳴き谷』遺跡らしいぞ」
イシェが呟く。ラーンの耳に飛び込む言葉は、いつもと同じように興奮を掻き立てるものだった。「鳴き谷」。その名の通り、奇妙な音が響き渡る場所として地元の人間には恐れられていた。だが、テルヘルはそんな場所こそ貴重な遺物を秘めていると信じているらしい。
「準備はいいぞ、イシェ！」
ラーンが大声で言った瞬間、イシェは小さくため息をついた。いつも通り、ラーンの計画性なさにイシェは呆れていた。しかし、彼にはラーンの持つ無邪気さと熱意がある。それは、イシェ自身にも忘れかけていた何かを思い出させてくれるものだった。
テルヘルは、いつものように冷徹な顔で三人に指示を出した。遺跡の地図を広げ、複雑に絡み合う通路と部屋の位置を示しながら、それぞれの役割を割り振っていく。彼女の言葉には無駄がなく、その淡々とした口調にも緊張感が漂っていた。
遺跡への入口は、崩れかけた石の階段だった。ラーンが先頭に立ち、イシェとテルヘルが続いた。階段を降りるにつれて、空気は重くなり、不気味な静寂が彼らを包み込んでいった。
「ここからは気をつけろ」
テルヘルが低い声で言った。ラーンの動きが少し早くなったように見えた。イシェは彼の肩に触れ、軽く頷いた。
遺跡内部は、まるで巨大な迷宮のようだった。壁には奇妙な模様が刻まれており、床には足跡が深く残っていた。時折、風の音が聞こえるかと思えば、それは空虚な響きだけが繰り返される。
彼らは慎重に進むにつれて、遺跡の奥深くへと足を踏み入れていく。
そして、ついに彼らは目的の部屋にたどり着いた。そこには、巨大な石の祭壇が置かれており、その上に奇妙な光を放つ球体が鎮座していた。
「あれが…」
イシェは息をのんだ。ラーンも、テルヘルも、同じように目を輝かせていた。それは、まさに「大穴」に繋がる鍵となるものだった。
その時、部屋の奥から、何者かの気配を感じた。ラーンの手元にある剣が震え始めた。静寂の中で、かすかな音が聞こえてきた。
動靜。
その音は、まるで生き物のように、彼らを包み込むように広がっていった。