ビレーの朝の光は、まだ冷たかった。ラーンが目を覚ますと、イシェがいつものように、小火鉢のそばで何かを書き留めていた。
「また遺跡の地図か？」
「うん。今回はあの西の丘陵にあるらしい遺物について調べているんだ」
イシェは静かに答えた。ラーンの無計画さに比べ、彼女はずっと慎重だった。それは、幼い頃に両親を病で失った経験から来るものだとラーンは思っていた。
「テルヘルはどうだ？まだ寝てるのか？」
「昨日、ヴォルダンとの関係について何か調べていると言ってたよ」
イシェの言葉に、ラーンの心には少しだけ影が落ちた。テルヘルはヴォルダンへの復讐を誓う謎の女性だった。彼らに遺跡探索を依頼したのは、単なる金銭的な目的ではなく、何か別の理由があるように感じていたからだ。
今日は特に緊張感が高かった。いつもなら賑やかなビレーの市場も、どこか静かだった。まるで、嵐が来る前のような不気味な静けさだ。ラーンはそう感じた。
「イシェ、今日は何か変だな」
「うん、私もそう思う」
二人は互いに頷き合った。そんな時、テルヘルが部屋に入ってきた。彼女の表情はいつも以上に硬かった。
「準備はいいか？今日こそ、あの遺跡に挑むんだ」
テルヘルはそう言いながら、テーブルの上の地図を指さした。そこには、ビレーから北へ伸びる山脈と、その頂上に位置する遺跡が記されていた。
「あの遺跡は危険だと言われている。でも、あの遺物を入手すれば、ヴォルダンに打撃を与えることができる。我々の未来を変えることができる」
彼女の言葉は力強く、しかしどこか悲しげだった。ラーンはテルヘルの瞳の中に、深い憎しみと同時に、どこか切ない思いを感じた。
「わかった。俺たちを連れて行くんだ」
ラーンの答えは決意に満ちていた。イシェも頷き、三人はビレーを出発した。彼らの前に広がるのは、険しい山道だった。そして、その先には、静かなる嵐が待ち受けていた。