「おいイシェ、今日はどこ行くんだ？」ラーンが、いつも通りの寝ぼけた顔で尋ねた。イシェは、小さな革製の袋に地図と日用品を詰め込みながら、「いつものように南の遺跡だ。テルヘルが指定した場所らしい」と答えた。
「またあの遺跡か…」ラーンの顔が曇る。「あの遺跡は何度行っても何もないぞ。テルヘルが言ってた大穴はどこにあるんだ？」
イシェはため息をついた。「ラーン、何度も言っただろう。テルヘルはヴォルダンへの復讐を果たすために遺物を集めているんだ。大穴なんてどうでもいい」
「そうか…」ラーンの顔はさらに曇り、視線は遠くの灰色の空に向けられた。二人はビレーから少し離れた場所に、小さな小屋を構えていた。テルヘルは、この小屋を拠点にして遺跡探索の計画を立て、必要なものを買い付け、ラーンとイシェに指示を出していた。
今日は雨が降っていた。ビレーから遺跡までの道はぬかるんでいて、足元が悪かった。二人は薄汚れたマントを羽織り、頭にはテルヘルが用意してくれた大きな葉っぱの傘を共有しながら歩いた。
「この傘、大きいな」ラーンが言った。「二人で使うには広すぎるんじゃないか？」
「テルヘルはいつもこうやって大げさな準備をするよな」イシェは苦笑した。「でも、今回は雨だから助かるかもね」
遺跡に着くと、すでにテルヘルが待っていた。彼女は黒曜石の鋭い剣を腰に携え、顔色は険しい。
「今日は特に注意が必要だ」テルヘルは言った。「この遺跡には危険な罠が仕掛けられているかもしれない。二人とも気を引き締めて行動しろ」
三人は遺跡の中へと足を踏み入れた。薄暗い通路は湿り気があり、壁には苔が生えていた。ラーンの足元を照らすのはイシェが持ってきた小さなランプの火だけだった。
「何か音がするぞ…」ラーンが耳を澄ませた。「あの奥から聞こえるようだ」
三人は静かに奥へと進んだ。すると、通路の先に広がる大きな部屋が見えてきた。部屋の中央には、巨大な石棺が置かれていた。石棺の上には、薄暗い光を放つ宝石が埋め込まれていた。
「これは…」イシェの目が丸くなった。「大穴…？」
「違う」テルヘルが言った。「これは罠だ！」
その時、天井から黒い影が降りかかってきた。ラーンは咄嗟にイシェを庇い、剣を構えた。影は巨大な蜘蛛の姿で、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってきた。
イシェは驚いてよろめいた。「ラーン！逃げろ！」
しかし、ラーンの足は動かなかった。彼はイシェの背後を守り、巨大な蜘蛛と対峙した。
「イシェ、逃げるんだ！」ラーンが叫んだ。
イシェは一瞬ためらったが、すぐに振り返って走り出した。彼女の視界には、蜘蛛の黒い影と、ラーンの勇姿が焼き付いた。そして、二つの大きな傘の影が、互いに重なり合うように揺れていた。
その瞬間、イシェは思った。「ラーンは本当に大穴を掘り当てたいんじゃないのかもしれない。彼はただ、仲間を守るために戦っているだけなのかもしれない」。