「おい、ラーン、あの岩肌、なんか変じゃね?」イシェが眉間に皺を寄せながら言った。ラーンの背後から伸びる暗い通路の壁を指さす彼女の指先は震えていた。
ラーンは振り返り、イシェが指差す場所を見つめた。「確かにな。色があんまり綺麗じゃないし、なんか…ざらついてるぞ」
彼らは遺跡探索中だった。ビレーから少し離れた場所に、かつて何かの建造物があったらしい遺跡を発見したのだ。しかし、この遺跡は他の遺跡とは違っていた。いつもなら石造りの壁や床が、まるで時間と風雨に侵食されていく様子を見せるように、ゆっくりと崩れ落ちていく様子が見られるものだった。
だが、ここは違った。壁の表面には、まるで何かが深く食い込んでいるかのように、不自然な凹凸が見られた。その凹凸は、まるで腐った肉のように、ぼろぼろと崩れ落ちそうになっていた。
「なんか不気味だな…この遺跡…」イシェは呟きながら、背筋をゾッとするような寒気に襲われた。ラーンもまた、彼女の言葉に頷いた。
その時、テルヘルが突然、彼らの前に立ちはだかった。「待て!」
彼女の声は冷たく、鋭く響き渡った。ラーンの視線がテルヘルの顔に向かうと、彼女は目を細めていた。その瞳には、今まで見たことのないような鋭い光が宿っていた。
「この遺跡…何か変だ。俺たちがここに踏み込む前に、確認する必要がある」テルヘルはそう言いながら、ポケットから小さな瓶を取り出した。中に入っている液体は、暗闇の中でわずかに青く輝いていた。「これは特殊な溶液だ。この遺跡の壁に塗布すれば、表面の変化をより詳しく見ることが出来る」
テルヘルの言葉にラーンとイシェは驚きを隠せなかった。今まで見たことのないような道具と、彼女の冷静な判断力に、彼らは改めてテルヘルがただの雇い主ではないことを認識した。
テルヘルは慎重に瓶から液体を採取し、壁の凹凸に塗布した。すると、液体が壁に触れた瞬間、青白い光が広がった。そして、壁の表面に刻まれた模様が浮かび上がってきた。それは、まるで腐敗した肉を思わせるような、歪んだ有機的な模様だった。
ラーンの足元から冷や汗が流れ落ちた。イシェは息を呑んで、テルヘルの方を見つめた。
「これは…侵食だ」テルヘルはゆっくりと口を開いた。「この遺跡は、何者かによって侵食されている。そして、その侵食は今も進行している」