ラーンの大きな手がイシェの肩に触れた。石畳の上で転げ落ちたイシェの額には、赤い筋ができていた。
「大丈夫か?」
ラーンは不安そうに言ったが、イシェは苦笑いした。
「気にすんなよ、転んだだけだ」
彼女の視線の先には、崩れかけた遺跡の入り口があった。そこに、テルヘルが立っていた。彼女は薄暗い通路に吸い込まれるように進もうとしていた。
「待て!」
イシェは立ち上がり、テルヘルの肩を掴んだ。その瞬間、テルヘルの体から発せられる冷たさにイシェは驚いた。まるで氷に触れたようだった。
「何だ?」
テルヘルは眉間に皺を寄せた。彼女の目には、怒りが燃え盛っていた。
「この遺跡には何かがある」
彼女はイシェの腕を振り払うようにして、再び通路へと歩みを進めた。
ラーンはイシェの腕を掴んで彼女を立ち上げ、テルヘルの後を追った。
「待てよ!」
イシェは叫んだが、彼らの声は遺跡の奥深くへと消えていった。
冷たい空気が肌に刺さるように感じた。イシェは、自分の体温を失っていくような感覚にとらわれた。
「何かあったのか?」
ラーンが尋ねた。イシェは首を振った。ただ、テルヘルが放つ冷たさと、その背後にある何かを感じることができた。それは、彼女自身を包み込むような、深い闇だった。
彼らの足音だけが、静寂の中に響いていた。