「準備はいいか？」ラーンの粗い声が響いた。イシェは小さくうなずき、背負ったリュックサックの紐を締め直した。テルヘルは少し離れた場所で、地図を広げながら何やら呟いている。
「今日の遺跡は、以前から調査していた場所だ。規模は小さいが、古い遺物が見つかる可能性がある。特に、あのシンボルが刻まれた石板は重要らしい」テルヘルの声が、静かに響く。イシェはラーンの顔色を窺った。いつも通りの軽い様子だが、今日の遺跡への期待感が滲んでいるように見えた。
「よし、行こうぜ！」ラーンは剣を腰につけ、先に遺跡へ向かっていった。イシェはテルヘルに視線を向けると、小さく頷いて後を追う。
遺跡の入り口は崩れかけており、薄暗い洞窟へと続く階段が続いている。ラーンの足取りは軽快だが、イシェは慎重に足を踏み入れた。テルヘルは後ろからゆっくりと近づき、三人の影が重なるようにして遺跡の中に進んでいった。
遺跡の中は湿気が多く、重苦しい空気に包まれている。壁には苔が生えており、時折、不気味な音だけが響く。ラーンは先頭を走り、イシェは彼の後ろを少し遅れて進んだ。テルヘルは常に二人を見守りながら、地図を広げたり、石板を指さしたりしながら説明している。
「この遺跡は、かつての文明の拠点であった可能性がある。このシンボルは、その文明の象徴であり、何か重要な意味を持つはずだ」テルヘルの声が響く。イシェは彼女の言葉に耳を傾けながらも、ラーンの後ろ姿に視線を向け続けた。
彼はいつも、危険な場所でも臆せず前に進む。イシェは彼を支えたいという気持ちと、彼の無謀さに呆れる気持ちの間で揺れ動いていた。
「何かあったぞ！」ラーンの声が響き渡り、イシェの思考を断ち切った。振り返ると、ラーンが崩れた壁を乗り越えて奥へと入っていく。イシェは慌てて彼を追いかけようとしたが、テルヘルが腕を掴んだ。
「待て、イシェ。ここは罠かもしれない」テルヘルの目は鋭く光っていた。「ラーンを助けたい気持ちは分かるが、今は冷静に考えなければならない」
イシェはテルヘルの言葉に頷き、ゆっくりと息を吸い込んだ。彼女は仲間を守るためには、冷静さを失わずに状況を判断する必要があることを知っていた。そして、そのために必要なのは、テルヘルのような冷静さと洞察力なのかもしれないと感じた。