ラーンが陽気に酒樽を傾けた。イシェは眉間に皺を寄せながら、薄く口を開けて一杯だけ飲み干した。テルヘルは静かにワイングラスを回しながら、遠くの壁を見つめていた。ビレーの安宿の一室は、騒々しい通りとは対照的に、静寂に包まれていた。
「おい、イシェ!どうだ?今日はいい気分だろ!」ラーンは豪快に笑った。今日の遺跡探索では大きな収穫があったわけではないが、ラーンの持ち前の楽観主義は、いつも通りの勢いだった。
イシェは小さく頷きながら、「まあ、悪くないわね。何よりも無事で帰れたことが一番よ」と答えた。彼女の視線は、テルヘルの顔に瞬間的に向けられた。テルヘルは、普段は表情をあまり変えないが、今日はどこか落ち着きのない様子に見えた。
「今日の探索で得た情報によると、ヴォルダンの軍が国境付近で動きを見せているらしい」テルヘルは静かに言った。「我々も警戒が必要だ」
ラーンの笑顔が少し薄れた。「ヴォルダンか…いつまでも厄介な奴だな」
イシェは沈黙した。彼女はヴォルダンとテルヘルの過去を知っていた。かつて、テルヘルの人生を奪った憎悪の対象。その復讐のために、彼女は今こうしてラーンとイシェと共に遺跡を探しているのだ。
「乾杯!」ラーンの声が響いた。テーブルの上にあった酒瓶が空になりそうだった。「明日もまた遺跡へ行くぞ!」
イシェはグラスを手に取り、テルヘルの方を見た。テルヘルの目は、燃えるような炎を秘めていた。
「ああ…」イシェは小さく呟き、グラスを合わせた。
静寂の中、三人の影が重なり合った。彼らの運命は、まだ始まったばかりだった。