ラーンが遺跡の入り口で深呼吸をする。いつも通りの埃っぽい空気だったが、今日はどこか落ち着かない。イシェはいつものように地図を広げ、複雑な符牒を解読しながら「ここは以前にも来た場所に近いはず。あの崩れた壁の向こうに、何かあったはずだ」と呟く。だがラーンの目はイシェに向けられず、テルヘルの背後に視線を向けていた。「準備はいいか？」テルヘルが鋭い眼光で尋ねると、ラーンは小さく頷く。
今日の依頼はヴォルダンに関する情報収集だった。テルヘルは、遺跡の中にヴォルダンの過去の記録が残されている可能性を示唆し、その情報が復讐を果たす鍵になると信じていた。ラーンとイシェは報酬目当てで引き受けたものの、ヴォルダンという名前を口にするたびに、ラーンの心には奇妙な焦燥感が渦巻いた。それは、彼自身の過去と深く結びついているような感覚だった。
遺跡内部は暗く湿っていた。イシェの明かりが壁に影を落とす度に、ラーンは過去の記憶の断片を見るような気がした。幼い頃、ビレーの街外れで両親と暮らしていた時、ヴォルダンの軍勢が襲来してきたこと。炎に包まれた家、悲鳴を上げる人々、そして、逃げるように抱きしめられた母の冷たい手。
「ラーン、何かあったのか？」イシェの声がラーンを引き戻した。彼はイシェの顔を見つめ、無理やり表情を明るくしようとした。「ああ、何もないよ。少し疲れただけだ」と答える。だが、イシェは彼の目をじっと見つめていた。彼女はいつも通り冷静だった。しかし、ラーンの心には、イシェの瞳の中に隠された何かを感じ取った気がした。
テルヘルが壁に手を当て、古代の文字を解読し始めた。「ここにはヴォルダンの軍勢の記録があるはずだ」と彼女は言った。だが、その瞬間、地面が激しく揺れ始めた。天井から石が崩れ落ち、ラーンは反射的にイシェを抱き寄せた。
「これは何だ？」イシェは驚いて言った。テルヘルは落ち着きを装いながら、「遺跡の崩壊だ。我々はすぐに逃げなければならない」と冷静に指示を出した。だが、ラーンの心には別の予感がしていた。この揺れ、そして、イシェの瞳に浮かぶ不安。何かが乖離しているように感じたのだ。