ラーンの豪快な笑い声がビレーの狭い路地裏にこだました。イシェは眉間に皺を寄せながら、彼の背後から「もっと静かにしろよ。ヴォルダン兵に見つかったら終わりだぞ」と小声で叱りつけた。ラーンは肩をすくめ、「大丈夫だって。あいつらはビレーには近寄ってこないだろう。それに、俺たち遺跡探検隊だぞ！冒険の浪漫を味わうのが先だろ！」と言った。イシェはため息をつきながら、「冒険のロマンなんて、お腹いっぱいだ」と呟いた。
彼らはテルヘルの指示で、街はずれにある廃墟へと向かっていた。かつて栄華を誇った都市跡地だが、今はヴォルダンとの戦いで荒廃し、危険な魔物たちが徘徊していた。テルヘルは遺跡探検の経験豊富だったが、その目的は単なる遺物の収集ではなかった。彼女はヴォルダンに奪われたものを取り戻すため、そして復讐を果たすために、あらゆる手段を厭わないのだ。
「よし、ここだ」テルヘルが廃墟の一角を示した。崩れかけた石造りの門の脇には、奇妙なシンボルが刻まれていた。「これは...？」イシェが近づき、指でシンボルをなぞった。「見たことのない記号だ。何か意味があるのだろうか...」ラーンは興味津々に門を覗き込んだが、その奥には深い闇が広がっているだけであった。
「危険を感じないか？」イシェは不安そうに言った。「この遺跡、何か悪臭がするよ」。テルヘルは静かに頷いた。「そうかもしれない。だが、ここには俺たちが求めるものがあるはずだ」と彼女は剣を握りしめ、門の奥へと足を踏み入れた。ラーンとイシェも渋々後を追った。
廃墟の中を進んでいくと、壁一面に鮮やかな壁画が広がっていた。古代文明の栄華を物語る絵画だったが、その中には不気味な描写も混じっていた。戦いの場面や、奇妙な儀式、そして...人間の形をした影のような存在。イシェは背筋がぞっとした。「これは...一体何を描いているんだろう？」
その時、地面から黒い煙が立ち上がり、空気を重くした。イシェは咳き込みながら、「何かいるぞ！逃げろ！」と叫んだ。ラーンが剣を構えると、影のような存在が壁画の中から現れた。それは半透明の黒く歪んだ姿で、鋭い爪と牙を持ち、空気を切り裂くように襲いかかってきた。
「これは...！」テルヘルは驚愕した。「この遺跡には封印されていたもの...」彼女は剣を振り上げ、影に立ち向かうが、その攻撃は影を貫通してしまう。イシェは恐怖で固まり、ラーンは必死に抵抗するが、影の力は圧倒的だった。
その時、イシェは何かを思い出した。「あの記号...！」壁画に描かれていたシンボルが、影の存在と関連していることに気づいたのだ。「あの記号は...封印の呪文を表しているんじゃないか？」彼は必死にシンボルの形を思い浮かべ、声に出して唱え始めた。
イシェの言葉に反応したのか、影は一時的に動きを止めた。ラーンは隙を見て、剣を影に突き立てた。影は悲鳴を上げ、ゆっくりと消滅していった。廃墟には再び静寂が訪れた。
「...どうしたんだ？」ラーンの顔は汗でびっしょりだった。「あの記号が...呪文だったみたいだ」イシェは震える手でシンボルを示し、「俺たちは...偶然にも封印を解いてしまったかもしれない」と呟いた。テルヘルは沈黙を守り、遺跡の奥へと視線を向けた。彼女の目的は達成されたわけだが、同時に新たな脅威の存在を知ってしまったのだ。そして、その脅威は「主義」という名の暗い影が背後に潜んでいることを、彼女は深く感じていた。