ラーンの大きな手で叩きつけられた酒のジョッキが、イシェの目の前に置かれた。テーブルはビレーのいつもの酒場にあり、賑やかな笑い声と、酒の匂いが充満していた。
「おい、イシェ!どうだ、次の遺跡はいつ行くんだ?」
ラーンは豪快に笑って、イシェの方を見つめた。しかし、イシェの視線はどこか遠く、空を眺めているようだった。
「ああ、そうだな…」
イシェはぼんやりと答えた。ラーンの言葉が頭に入ってくるような気がしない。いつも通りの遺跡探索に、どこか心ここにあらずな気分だった。
「おいおい、お前最近なんだか上の空だな。何かあったのか?」
ラーンは眉をひそめて、イシェの様子をじっと見つめた。イシェは小さく頷き、ゆっくりと口を開いた。
「いや…別に、そうでもないんだ。ただ…」
イシェは言葉につまり、視線をテーブルに落とした。ラーンの顔は心配そうな表情で、イシェをじっと見つめていた。
その時、背後から冷たく鋭い声が聞こえた。
「準備はいいか?次の遺跡は危険だぞ」
テルヘルがその場に立っていた。彼女の瞳は常に冷たかったが、今日特に鋭く光っていた。イシェは思わず背筋を寒気に襲われた。テルヘルの言葉に、イシェは自分のぼんやりとした気分とは全く別の世界へと引き戻されたような気がした。
「はい…」
イシェは小さく呟き、立ち上がった。ラーンも立ち上がり、テーブルの上に残された酒を飲み干した。
「よし、行こう!」
ラーンはいつものように豪快に笑ったが、イシェにはその笑顔がどこか虚しく見えた。
彼らは遺跡へと向かうために、ビレーの街を後にした。イシェの心には、まだ何か掴まえることのできない不安が残っていた。