ビレーの喧騒を背に、ラーンは重い足を前に進めた。イシェがいつもより早く準備を終えていたことに、何かを感じ取っていた。テルヘルが差し出した地図には、未踏破の遺跡を示す記号が躍り、その奥に描かれたのはヴォルダン国境付近の荒れ地だった。「今回は違う」イシェの冷たい視線は、ラーンの顔面に突き刺さるようだった。「あの女の目的は遺跡探査じゃない。何か別のものがある」。イシェの言葉は、いつも通りラーンの耳をよぎった。だが、彼は気にしなかった。大穴を見つけられるチャンスを逃すわけにはいかない。
遺跡の入り口は、まるで巨大な獣の口のように開いていた。薄暗く湿った空気には、歴史の重圧を感じさせた。テルヘルが先頭に立ち、慎重に足を踏み入れると、ラーンとイシェも続いた。地下深くへと続く階段を降りるにつれ、周囲の温度は下がり、不気味な静寂が支配する。ラーンの視界は、炎の光で照らされた壁に映し出される影に奪われていく。「ここは…何か違う」イシェの声が震えていた。
彼らは巨大な石棺の前に辿り着いた。棺の上には複雑な紋章が刻まれており、空気を冷たく染めるような邪悪なエネルギーを放っていた。テルヘルは興奮気味に棺の蓋を開けようとした。「待て！」イシェは叫んだ。「この遺跡は…何かがおかしい」。だが、テルヘルの動きを止めることはできなかった。棺が開かれると同時に、激しい風が吹き荒れ、石棺から黒い煙が立ち上り始めた。煙が晴れると、そこには黒曜石のような黒い剣が刺さっていた。
ラーンは剣に引き寄せられるように手を伸ばした。その瞬間、彼の頭の中に声が響き渡った。「汝の力…我のものとなる」。黒い剣はラーンの腕を貫き、彼の体に溶け込んでいった。激しい痛みが脳裏を駆け巡る中、ラーンの視界は赤く染まり始めた。彼は自分の姿を見つめると、そこに見たのは、獣のような牙と赤い瞳を持つ自分自身だった。
「これは…！」イシェの声が悲鳴に変わった。「ラーン！目を覚ませ！」だが、ラーンの心はすでに黒い剣の支配下にあり、彼自身を「はみ出し」の世界へと誘っていた。