ビレーの朝の陽光は、まだ冷たかった。ラーンが眠そうな目をこすりながら小屋から出ると、イシェがすでに朝食の準備をしていた。「今日はあの遺跡だな、準備はいいか?」ラーンの問いかけに、イシェは小さく頷いた。
「テルヘルはまだ来ないな」とラーンが言うと、イシェは「いつものことよ。きっとまた遅刻するだろう」とため息をついた。
テルヘルはいつも時間厳守を説きながらも、実際には遅刻ばかりで、その度にラーンとイシェは待たされる。今回は遺跡への案内役を依頼したという話だったものの、イシェはテルヘルの真意がまだよく分からないままでいた。
「大穴」の話は、ラーンの口から何度も繰り返されていたが、イシェにとってはただの空想に近かった。遺跡探索は危険な仕事であり、日当を得るために仕方なく行っているだけだ。
「今日は少し深部まで入ってみよう」とラーンが言った。「テルヘルが言うには、あの遺跡には何か珍しい遺物があるらしいんだ」
イシェはため息をついた。ラーンの言う「珍しい遺物」は、ほとんどの場合ただの古い石や錆びた金属だった。それでも彼は、いつか大穴を掘り当てると信じて疑わなかった。イシェはそんな彼の楽観性に少し憧れを抱きつつも、どこか現実的な部分で彼を心配していた。
テルヘルが到着したのは、太陽が zenith に近づく頃だった。彼女はいつもより疲れた様子で、「今日は少し遅れてしまった」と謝ったが、その目は鋭く輝いていた。
「準備はいいか?今日は深部まで行くんだ」とテルヘルは言った。「あの遺跡には、我々が探しているものがある」
ラーンは目を輝かせ、イシェは小さく頷いた。三人は遺跡へと向かった。
遺跡の入り口は、崩れかけた石造りの階段で、その奥には真っ暗な闇が広がっていた。ラーンの持つランプの光だけが、薄暗い空間を照らしていた。
「ここへは初めてだ」とイシェが言った。「ここは一体何なのか?」
「かつての文明の遺跡だ」とテルヘルが答えた。「我々が見つけた情報によると、この遺跡には、ヴォルダンに奪われた大切なものがあるらしい」
イシェは、テルヘルの言葉に少し驚いた。彼女はヴォルダンへの復讐を誓うという言葉を聞いたことがあったが、具体的な内容については何も知らなかった。
「大穴」よりもずっと重要な何かを探しているようだ。イシェはそう思った。
遺跡内部は複雑な構造になっており、狭い通路や崩れかけた部屋が続いている。ラーンとイシェは慎重に足取りを運び、テルヘルは先頭を歩いていた。彼女の動きは素早く、鋭い眼光で周囲を観察していた。
「ここだ」
テルヘルが突然立ち止まり、壁の一部分を指さした。「ここに何かがあるはずだ」
ラーンとイシェが近づいてみると、壁に小さな凹凸があり、そこに何かが隠されているように見えた。テルヘルは小さな道具を取り出して、慎重に凹凸を操作し始めた。
「おや?」
突然、イシェが声を上げた。彼女の目は、壁の奥深くにある何かを見つめていた。「あそこには何かがある」
イシェの指さす方向に、ラーンとテルヘルも視線を向けると、壁の奥からかすかな光が漏れていた。その光は、まるで宝石のように輝いていた。
「これは…」
テルヘルは息を呑んだ。その光は、彼女がずっと探していたものだった。
三人は力を合わせて、壁の一部を取り除き始めた。崩れた石の下から、小さな箱が出てきた。箱の表面には、複雑な模様が刻まれており、宝石が埋め込まれていた。
「これは…」
イシェは言葉を失った。その箱からは、かつてないほどの力を感じることができた。
ラーンは箱を手に取り、興奮した様子で言った。「ついに大穴が見つかったか!?」
イシェは彼をたしなめるように言った。「まだ分からないよ。でも…何か大きなものに触れたような気がする」
テルヘルは箱を慎重に持ち上げ、ゆっくりと開けていった。その中には、小さな水晶の球が一つ入っていた。水晶球は、まるで生きているかのように光り輝いており、周囲の空気を震わせていた。
「これは…」
テルヘルは目を丸くして、水晶球を見つめた。その瞬間、彼女は全てを理解した。これは単なる遺物ではない。これは、ヴォルダンに奪われた、彼女がずっと探し求めていたものだった。