ラーンが遺跡の入り口で深呼吸をする。いつも通りの薄暗い洞窟だが、今日は何か違う気がした。イシェはいつものように地図を広げ、慎重に確認していた。「あの石柱の奥か。よし、行こう」。イシェの声が響き渡る。ラーンの視線は、イシェの後ろにあるテルヘルの背中に釘付けになった。彼女の黒い髪がかすかに揺れていて、いつもより少しだけ色っぽく見えた。テルヘルは振り返らずに、鋭い声で言った。「待て。何か感じる」。ラーンは心臓がドクドクと音を立てた。イシェも緊張した様子だ。テルヘルがゆっくりと石柱の影から出て行く。すると、洞窟奥深くから、うっとりするような甘い香りが漂ってきた。ラーンの足がすくんだ。
「これは…」。イシェが声を失った。石柱の周りを囲むように、奇妙な植物が咲いていた。花びらは紫色で、まるで宝石のように輝いている。その香りは、甘美で魅惑的だが、どこか不気味でもある。テルヘルは一歩ずつ近づいていく。ラーンの視線は、テルヘルの白い肌と、揺れる黒髪に釘付けになった。
「危険だ」。イシェが叫んだ。だが、テルヘルはすでに花に手を伸ばしていた。その瞬間、洞窟全体が紫色に包まれた。そして、テルヘルはうっとりとした表情で言った。「美しい…」。 ラーンは息を呑んだ。イシェの顔色は青ざめていた。彼らの前に広がるのは、もう遺跡ではなく、異世界だった。